映画「八日目の蝉」

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ストーリー:子どもを身ごもるも、相手が結婚していたために出産をあきらめるしかない希和子(永作博美)は、ちょうど同じころに生まれた男の妻の赤ん坊を誘拐して逃亡する。しかし、二人の母娘としての幸せな暮らしは4年で終わる。さらに数年後、本当の両親にわだかまりを感じながら成長した恵理菜(井上真央)は大学生になり、家庭を持つ男の子どもを妊娠してしまう。シネマトゥデイ

今回はなんとなく感想書きづらいので(以下、ネタバレ注意

このあらすじからして、よい結末が思い浮かびづらい。正直その予感の通りとてもせつない映画。

その「せつない気持ち」がどこからくるのか見終えてずっと考えていた。

単純に大人の事情で引き裂かれた子供の悲しみ。容易に想像できないほどせつない。

罪とわかっていても、我が子のように愛してしまう誘拐犯もせつない。

本当の両親との溝を抱えて生きる、その後の少女とその母親もせつない。

非常に個性ある登場人物をうまく演じた小池栄子の役所もせつない。

かなりどうしようもなく描かれている男性陣もせつない。

どの切なさを救えばいいのだろうか。この難題こそがこの物語の見せ所。

「許す」ことを簡単に描けるほどの軽いテーマではないだけに、安易なエンディングも期待できない。

これほど「許す」ことが難しい映画もない気がする。

せつなさはどこからくるのか。

でも、許す許さないはすべて過去のできごと。今とどう向き合うか?でしか、この物語は2時間で終わらないのだと思う。

その意味では、かすかな記憶に残る愛を受け入れ、それを受け継ぐ確かな「今」を手に入れた主人公がせめてもの救いであったかもしれない。見終えてからずっと別のエンディングを考えていたけれど、結局よいものが思いつかなかった。

それにしても、このいつまでも「せつなさ」の残る映画。日本人は本当に好きなのだと思う。ハリウッド映画なら、こんな終わり方や映画は成立しない。

失ったものを取り戻す事のできないせつなさ。この諦観や喪失感って日本人誰もがもっている「せつなDNA」なのかもしれない。

それでも、過去ではなく「今」というなにかを渇望して生きようとする。せつなさの中にあるけなげさ。そこからシンパシーとともに得も言われぬ力が湧いてくる。

他の国にはない日本人の生きる力。原動力なのかもしれない。

永作博美も井上真央も好きな役者の競演なので、とてもよかった。おすすめ。

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