まず、今日までなんとか無事に生きてこれたこと、両親に最大の感謝。そして、支えてくれたみんなに感謝。本当にありがとう!
思えば、春の日に生まれてたんですね。子供の頃は春休みなので誰も祝ってくれず、誕生日会に憧れてました。しかも学年で最後の誕生日なので、いつも出遅れていた感じがして、あまりいい印象ではなかったのですが、この年になってはじめて春の日でよかった気がしています。
昨年末から今年は本当に色々あって、どちらかというと「いいことも悲しいことも」両方大きな出来事として目の前に現れて、変化や自分を問い直す出来事に直面した半年でした。
2010年という区切りもそうなのですが、4月を前に身も心も、また自分の環境も整理をする時期に来ていて、これまでの色々なものを一旦おろして、このタイミングにシンプルに軽やかになれ!といわれているようです。
今日も誕生日を迎える前にと部屋の掃除をしていたのですが、15年ほど前からの雑誌や書類や領収書がそのまま残っていて、そんなこんなで随分モノモチの良さに呆れながら処分してました。
大事にしていた楽器も思い切って処分。楽器屋さんが期待以上のいい値をつけてくれたので、ちょっとした誕生日プレゼントになりました。
でも、以前ならば処分した金額で新しいものを買い増していた気がするのですが、これだけ連日のように処分や整理をしていると、新たに買う気が起こらないというか、いかに自分が「本当に必要なもの」を見抜けていなかったか、処分するものの価値を知る度に反省します。
その意味では、身の回りのモノというは、自分をよく表しています。過去を後悔して囚われたり、未来に対して不安をもってしまうのは、モノに執着したり、いつか使うだろうと、不必要なものを溜め込むことに関係していて、今という目の前の出来事に軽やかに生きるためには、最低限のモノで生きるべきなんでしょうね。
とはいえ、身の回りのモノを思い切って処分しても、なかなか立ち行かないほどの山。
前に進むためには、目の前を瓦礫を崩して活路を見出さねば。そんな感じで、4月を前に捨てる勇気と向き合いながら、この節目に一大大掃除続けます。
なかなか捨てられないモノは連日知人に家に遊びに来てもらって、色々なものを引きとってもらってます。写真は家に来てくれた旧友の愛娘。むっちゃかわいくて、目が会う度に「にまぁー」っと、かわいい笑顔。子供の笑顔って、こんなにも元気もらえるんだなぁと、ホント癒されました。
子供にとっては「今」しか存在しなくて、子供と接している時には、自分も「今」にいないと通じないんですね。
さて、もうひとがんばりして、次の時代を迎えに行きます。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします!