今日は友達の命日。もう2年。
なにかあるたびに、心の中で出来事を報告しつつ、返事もないのでまったくつまらない。
生前も頻繁に相談してたかというと、そうでもなかったんだけど、年に数回行う気まぐれな座談が本当に心地よかった。
「共感」って、思いが言葉の速度を超えてしまったときに、その言葉の代わりにお互いの気持ちをつなぎ止めておくもの。そう思うと「共感」は縁のひとつの形。そうした「つながり」を感じている間、すべての「孤独」が消えてしまったかのような至福な時間が流れてくる。
何もせずともわかりあえたような魂の交換の時間。
でも、思えば、そのとき交わした言葉がしっかりとした感触を残して僕らの間にいまも存在する。時間なんて関係なく、連続も静止もなく、空間も形もない。
こうやってそれを思い返す事ですべてを超えた存在になる。
そっか。本当は返事なんていらないんだ。こうやって想うことでつながる事ができるのだから。
なんだか、そんなことを思う。
さて、これからもしっかりと、友に恥じないよう、できることを悔いのないように一つ一つやっていこう。
僕らの間にあるこの気持ちを、もっと沢山の人と分かち合えるといいな。