改めて人のための経済学ってなんだろう?と考えてみる。

まず、経済とは何か?って考えたのではなくて、たまたまこの一週間ほどに目にしていたものが「経済学」に関するものだっただけですが、改めて興味を持ち始めました。

経済ってこれほど僕らの生活に関わりの深いものってないのに、なぜか経済学と「学」がついた瞬間、敬遠してしまう。ましてやお金や経済に関することは、一個人が考えることではなく、専門家が扱うべきことだ。的な先入観もある。

そんなアカデミズム的な匂いが、経済学の裏に何かを隠蔽してしまっているような、そんな違和感をぬぐってくれた、一連の出会いがあって、まずは、その流れだけ書いてみます。

宇沢弘文「ETV特集 今再び豊かさを問う」

きっかけは、先日86歳で亡くなられた、経済学者宇沢弘文さんの番組を見たことでした。

こちらはクローズアップ現代のビデオです。「クローズアップ現代 人間のための経済学 宇沢弘文 10月30日

先週、熊本に行く飛行機の中で録画されたこのドキュメンタリーを見たのですが、宇沢さんが戦後の経済復興を目指し数学者から経済学者へ転向し、シカゴ大学の教授へ。当時同教授フリードマンの新自由主義(市場原理主義)に対抗。行き過ぎた経済発展は「格差」を生むとし、経済成長と反比例する人の幸せな暮らし。人間らしく生きる社会とはなにか?
この追求に生涯を傾けた人でした。

東京大学に戻った時、まさに1970年。学生紛争のさなか。公害問題で苦しむ熊本の水俣を訪れます。そこで暴走的な経済発展がもたらし始めた病理を目の当たりにして、改めて、経済学とは「人が人らしく生きていくために必要とされるもの」という想いを新たにします。

彼の提唱した「社会的共通資本」その意味以上に、経済を一部の人のものにするのではなく、誰もが共有する資本として考えてみた時、ひとりひとりが社会や経済の価値とどのように折り合いをつけるか?

自分と社会や経済を分離せずに、問いなおすきっかけを与えてくれる、考え方であり、いまも問い続けるべきテーマだと思いました。

「経済学は現実の人々を幸せにするものでなくてはならい」(宇沢弘文)

エンデの遺言〜根源からお金を問う〜

宇沢さんの番組を観て、もう一度見なおしてみたいと思ったのが「資料室(エンデの遺言 ~根源からお金を問う~ ) <Anti-Rothschild Alliance>

お金も経済界も、自然界の一部なのに、お金は腐らないゆえ、矛盾が生じる。ゲゼルの提唱した『お金は老化しなければならない』というテーゼには当時そうとうの衝撃を受けました。

「経済社会が自然界」の一部。という考え方すら、思いつかなかったくらい、人間的生活と経済や企業や都市の活動というのは、人間的、自然的なものから離れていて当然とすら思っていたのかもしれません。

この本に出会ったとき、まさにインターネット業界がバブルに突入するころ。

僕も、コミュニティ(仲間同士の連絡手段)としてのネットが社会やソサエティ(パプリックな世界)と融合して、大きなうねりになる予感を抱きながら、同時に、「インターネットも自然界の一部」オーガニックに丁寧に扱わなければならない。という想いを抱いていたと思います。

ネットによって急成長する事業やサービス。また個人でもブロガーなど、ネットのレバレッジ(てこ)を使って、一攫千金狙う人や企業が多く出始めた時、経済社会が高度情報社会に移行して同じ矛盾を内包するのではないか。これは同時に、何かの犠牲や破壊を生み出してしまうのではないか?そんな気がしてました。

インターネット社会においても、めざすは人間の「幸せ」の追求でなければならないと思います。

ネットの場合は、高度経済成長の時のような環境破壊は一見起きませんが、あらゆるボーダーを乗り越えて、世界がつながってしまうことによって、労働のあり方や個人だけでなく、国としての格差やあり方が問われるようになってきました。

ましてや、これからの社会、人工知能やロボットなど、様々な技術的発展によって、人の仕事はどんどん変化していくと思います。

ネットによって世界がフラット化していく社会において、いわゆるパソコンが使える知的クラスターだけが生きていくような社会になってしまうのも、ある意味での人間環境の破壊につながる格差(社会)だと思います。

これからの時代を生き抜く知恵として、ネットメディアを教える身でありながらも、人との情報格差を広げ、情報武装し、情報弱者を出し抜いて、世界を股にかけてサバイブして生きていくことを良しとするのは、本意、本質的ではありません。

むしろ、目の前の人と本質的につながり、所有せず、協調しあい、信頼しあい、共感しあうことで、個ではなく、コミュニティやソサエティの個として生き抜くための方法論を学ぶために、ネットメディアはあるのだと思います。

経済学が開けた大きな穴を、情報化社会がより広げるのではなく、本質的な人間論を見つめなおすために、情報学があるのべきです。

僕の起業塾や企業のメディアコンサルは、こうした哲学をつい熱く入れてしまうために「で、手っ取り早くアクセスを伸ばすためにどうしたらいいのか? アフリエイトで生きていくにはどんな商材がいいのか?」といった質問に対応できず、物足りなく思う人がいます。

でも、ネットを通じて、人としてのあり方、商売としてのあり方、社会のあり方を問いなおすきっかけにしてほしいという思いは変わりません。

女装の現役東大教授〜安冨歩先生

今週は風邪でふせっていたのですが、そんな時に友人から教わって、彼の東大の授業を眺めていたら、あまりにも面白くなって、全部観てしまいました。

最初100人くらいいた東大生が最後には4人って。東大生ってなにしてんだ?

http://www.ustream.tv/recorded/56248423

141208 安冨歩、シンポギグ ―シンポジウム×ロッグギグ

(オープニングにライブが入るので音量注意)途中のMCでチバレイさんと話している女装の安冨先生の話がむちゃくちゃ面白くて、これがきっかけになって、授業を見に行った次第です。(IWJのUstreamの過去アーカイブに東大の経済学授業があります)
このトークは、安冨さんが書いた新書の星の王子さまの新解説なんですが、このメタファーの解説が面白い。ぜひご覧なってください。

経済学者というのは、価格や数字の最適化ばかり考えている人。というイメージが強かったのですが、宇沢先生と同じで、やはり、この人も人間社会の「人」としての視点やあり方を大切に見ている人だなと思い一気にファンになりました。

で、早速読んでみたのが、この二冊。

安冨歩先生

俄然、経済学にも興味が沸いたのですが、それ以上に彼の生き方(壮絶なハラスメントの体験)やそこから、学者的に自立を見出した考え方にも共感。

長くなったので、こっちのレビューは改めてします。
今週はすごい面白い人を発見してワクワクしています。

現役の東大教授(安冨歩氏)が明かす 平気で人を騙す「東大の先生たち、この気持ち悪い感じ」   | 賢者の知恵 | 現代ビジネス [講談社]