オタクはすでに死んでいる

オタキングこと岡田斗司夫さんの本。相変わらずわかりやすい文章で、さらっと読めます。時代の幕引きをささっと完了させてしまうあたりも、つねに嗅覚と時代を見抜く力に長けている人なのでしょうね。だからこそ、次にどんな時代の幕が開けようとしているのか? 次になる未来を感じさせてほしい。と思ったのは贅沢でしょうか。 そのあたり次編に期待。

「萌え」が理解できないとオタクではない。という排他的な風潮がすでにオタク文化ではない。というあたりから、オタクという文化が生まれた日本固有の社会的背景と変遷。オタクの貴族意識や、世代論など、長きにわたってオタク文化を見つめてきた、氏の視点がわかりやすくテンポよく表現されています。

特に、文化的背景のところで、子供に小遣いをあげる文化が日本をはじめとする、東アジア圏特有の文化で、「自分の趣味に対する自己決定権」が子供時代から養われていた背景がオタク文化発生の一因・・・。というあたり、興味深い論でした。

たしかに、子供のころにお小遣いやお年玉を何に使っていたか? が成人後の仕事や性格にも影響与えている気がしていて、そんな共通項をさぐってみるような質問を、茶飲み話でよくします。
(あと、子供のころに先生や通信簿で褒められたことってなに?という質問。その答えと今の職業を照らし合わせてみると意外に共通項があったりします。)

お小遣いがアジア特有の文化で、小遣いが子供の「自己決定権」を養っていたという視点は考えたこともなかったので、そうした視点や考え方で考え直してみると、他にもいろいろなことが紐解けそうな気がしました。

 

どんな文化もマイノリティを感じさせるうちは、連帯感や共感力も強いのですが、それが一般化して数が増えてしまうと、連帯感で形作っていた文化も崩壊してしまう。これもエントロピーなのかもしれないけど、情報化社会の文化はそうしたサイクルが早いのかもしれません。

そう考えると、これからの時代は、ブームを経てじわじわと人口が減って文化が消滅していくのではなく、一気に人口が増えて、そのまま崩壊してなくなってしまう文化のほうが増えるのでしょうね。

ただ、それが崩壊ではなくて、新しい時代のあり方ともいえるのですが。それを当たり前のように受け入れてしまうのは、この本の結末同様、なんだか少し寂しい気も。

この本は非常に読みやすいので、オタク学に関心がない人も、楽しく読めます。