何もしない時間を耐えること

「何もしない時間を耐えること」

その場所の景色に触れて最初の数分に撮る写真って、どこか記録的な写真になってしまう気がするんですね。
あまりいいと思えない(でも何かひっかかる)という場所に、しばらく何もせずたたずんでいると、ある瞬間からそれまで気づかなかったものがみえてきたりして、そんなときに撮った写真や後で見返してみて発見があるような写真が個人的には好きです。

何もしない時間のはじめの「居心地の悪さ

たとえばこれって、映画を観始めた時だったり、小説を読み始めた時に近くて、あ、そうそう、熱めの露天風呂に入ったときなんかも近いかな。

すぐそこから出たくなったり、「何がいいのか?」わからない状態がはじめは続くんですよね。
でも、それをしばらく耐えると、ある瞬間にそこからゆっくりと煙立つ湯気がとても美しく見え始めたり、映画や小説なら、主人の言葉やストーリーの裏にある機微みたいなものが見え隠れし始めたりします。

海をただ眺めているときも同じですね、はじめは居心地悪いというか落ち着かない。

でも、そのうち、単調な波が実は毎回全部違う動きをしていて、雲が一瞬たりとも同じ形を作らず背景を描いていることに気づくと、そのすべてが愛おしくなってきて、子供のころのように飽きもせずそこにいられるようになるんですね。

大人になるほどに意味を求めてしまい、情報を意味で切り取ろうとしがちになり写真も説明的になってしまうことが多くて、そして説明的な自分がそこに少し写つりこんでしまっていると、うむ??と思うわけです。
皮膚感覚が情緒的になる瞬間を何もせずに待つこと。内面と外の世界の微妙な変化を皮膚が感じ取れるようになると、心のひだが色々なものをキャッチしてくれる気がします。