名前を探してひろってあげるときの気分

gmail-1.jpgGmailの連絡先帳ってなんどかやりとりをした人のメールアドレスが蓄積されているんですね。

過去にやりとりした人というのはなにかしら関係があるということで、ただ一方的に送られてきたスパムメールとかは連絡先帳には反映されていないので、このメールアドレスに携帯電話番号を持っている人やすでに年賀状を送った人なんかを結びつけると、精度の高い連絡先帳ができる・・って話を先日書きました。

で、日々合間を見つけては、そのアドレスとすでにもってた携帯電話帳と住所録を合成しているんですが、まず連絡先帳にあるメールアドレスだけをみていると、それが「誰?」なのかわからないものもたくさんあります。

会社名やその人の実名に近い言葉が入っていると推測しやすいのですが、すぐにわからない場合は過去のメールを検索してひろい集めながら、本来の名前を記入していくんですね。

その作業がなんだか不思議で、名前(持ち主)がわからない状態のメールアドレスって、なんだかかわいそうな気がして、きっと誰かなんだろうけど、のっぺらぼうのようで早く名前をみつけてつけてあげないと成仏しないような気分になってきます。

戒名とかってそんなものなのかな。とか(仏教方面は知識ないので、全く根拠ないですが)思ったり。