無職のときに哲学を貯金する

先週末、知人夫婦の家でベトナム料理をいただいていたときに、友人が「1年間くらい無職でいたときにインプットした(知恵)貯金が、最近忙しくして使い果たしてきて枯渇してきてた」なんて話をふと思い出した。

なるほど。忙しくしていたり、常にアウトプットばかりしている立場だったりすると、ゆっくり本を読んだり、人と雑談する余裕もなくて、新しいアイデアや気づきみたいなものも少なくなるんですよね。

無職のときや暇なときに、諦観して本読んだり散歩したりひとり貧乏旅したりすると、お金は目減りするけど、哲学は深くなる。知的労働者系の人にとってみれば、そうした働かない時間の過ごし方も大切。

僕自身もいまは忙しいばかりで、貯金も使い果たし気味だけど、こうやって、ブログを書いている時間に、ちょっと日々を振り返ったり、読んだ本や最近撮った写真を見返してみたりして、どんなことを書いてみようかなぁ?と、そんな風に過ごす時間もささやかな哲学な時間。少し立ち止まって考えを練ってみることで、眼に見えないなにかがきっと蓄積されていく気がします。ブタの貯金箱のように。

ちなみにこの写真は、渋谷のモアイ像のほうのロータリー。iPhoneでパノラマ撮影したもの。

街角でこうやってカメラを構えて立ち止まってみると、みんなせわしなく動いているので、自分だけ時間が止まったような、取り残されたような不思議な感覚になるんですよね。立ち止まった瞬間に、自分を追い越していく人が、さっきまでの自分だったことに気づいたり。