映画「エンディングノート」と家族カメラの時代

映画「エンディングノート」オフィシャルサイト.

なんだろう。この映画って涙が止まらなくなるドキュメンタリーではあるんだけど、映画としてよくできていて楽しめるというか救われるというか、こんな風なバランスの上に成り立ってる映画ってなかなか出会えないんじゃないかな。って思えるくらい、心に残る映画でした。

熱血サラリーマンでならした父が無事現役引退。のんびり余生を楽しもうと思っていた矢先のガン宣告。その父をこの映画の監督であり娘さんが回しつづけた家族の記録。といってしまえばよくあるドキュメンタリーなんだけど、宣告されてからカメラを回したのではなく、彼女が子供のころから家族を取り続けた記録の上に成り立っているところがすごい。

中学生の時の彼女が撮影していた夫婦喧嘩のシーンは、まるでこの映画を創るためにあらかじめ数十年前に撮っておいたのかと思えるほど。しかも絵が映画のように冷静に観察されていて、構図もできている。中学生の女の子が撮ってたとしたらそれだけでも驚いてしまう。映画を観ているというよりは、映画でもドキュメンタリーでもない、なにかライフログムービーというか、新しいカテゴリーに触れてしまったような気になりました。

YoutubeとかFacebookのようにライフログを取るという時代にあっては、今後家族の記録をベースとした映画やドキュメンタリーってもっと一般的になると思うけど、8mmの時代から家族の中だけで撮影されてきた映像がこうした映画として完成されるに至るのは、それだけでもすごいこと。その上で、父の死と向き合うというエンディングを映画に仕上げたバランス感覚もすごい作品です。創ろうと思ってつくれるたぐいの作品ではない。という意味でも。

映画の成り立ちという視点だけみてもすごいのですが、やっぱりこの映画が心に響くのは熱血サラリーマンだった父が最期を悟ってから、改めて家族を想い人生を全うしようとした生き様。そして、監督の彼女を含めて、少しぎくしゃくしながらも優しく深い家族愛が映されているところ。日本人的な照れくささのなかにある、深い愛情。最後までユーモアを忘れない父の姿。

特に段取り王のお父さんと、その遺伝子を受け継いだ長男が、臥せった病床ですら二人でなにかのスポーツでもやっているんじゃないか? と思えるほどの戦略確認や実践の復習をしていることろ。二人の息のあった連携プレーというか、やり取りが本当に笑ってしまいます。悲壮感がまったくなく、でも顔はボロボロ泣いているみたいな、本当におかしかなしかった。

こんなに心強くも男らしい最期ってたぶん、ほとんどの人は味わう事ができないんじゃないかな。その意味では、羨望というか軽い絶望感もあったりします。

家族に作用するカメラの力

お父さんの意思の強さや愛情もすごかったけど、でも、カメラが回っているという意識も、少しはこのお父さんや家族の生き様に影響したんじゃないかなって思います。

僕がソーシャルメディアで情報発信表現教育に取り組んでいるのも、きっと、人に対して表現や発信を意識すると凛とした心や生き様が芽生えるのではないか。と信じているから。その分、自分に葛藤もするし嫌悪もあります。

でも、人様に恥ずかしく写らないように見栄をはっていきることも、うまく作用すると倫理的な生き方に近づくのだと思います。

地域共同体や世間といった体が薄らいだ今、バレなければなにやってもいい。って思える反面、誰にもバレず関与されない生き方のむなしさも同時に味わっている時代なのだと思います。

その意味では、家族カメラや家族映画、ファミリーライフログって新しい関係性や家族のあり方、きずなを生み出すんじゃないかな。何気ない絵にも大切な何かが映り込む気がします。

そんなソーシャルメディアがエシカルな方向に作用することを考え続けてみたいのですが、さておき、目を背けたくなる現実やなにげない家族の日常を優しいまなざしで見つめ撮り続けた彼女のカメラが家族の関係や凛とした生き様を支えたのだと思います。そしてその彼女の目線が父や家族だけでなく、観る僕らにも力を分け与えてくれてた気がします。

日本の家族らしい素敵な側面。いい作品を世に出してシェアしてくれたことをすごく感謝しています。もっと世界の人にみてもらいたい作品です。

正直、この家族がうらやましすぎて嫉妬すら感じてしまいますが、それでも、それを超えるだけの愛情と勇気を十二分にもらえます。

2011年最後にふさわしい映画。そして個人的にもこれからのメディアのあり方や教育についても、年末に考えたいテーマを与えてくれました。じんわりと来年に思いを馳せながら考えてみたいと思います。

ぜひ、観ることができる方は劇場に足を運んでみてみてください。その際はハンカチを忘れずに!
観たら、ぜひどこかで語り合いましょう!!