赤目四十八瀧心中未遂

ターミナル赤目四十八瀧心中未遂を観る。
たとえ理解しがたい映画であっても、ずっしりと残るこの手ごたえがなにか?簡単に面白くないほうが、その面白さを無理にでも探そうとすることができて、それはそれで面白い。


死に場所を探すシーン。と?っても長い。ただその間の長さに、展開や結論を安易に求めてしまう自分が見透かされてしまっているようで怖い。実際にその時間を求めようとしたら、気の遠くなるような時間なのだろう。
リアリティーが必要なわけではないだろうけど、足早な生活をしているとそんな時間の重みを忘れてしまっている自分を知る。
映画のよさは多分、日常においてきてしまった、「何か?」を考えるきっかけを与えてくれるところにもあると思う。
自分とはまったく違う生き方の主人公たちのなかにも、根底に流れる何かを読み取ろうとする力によって、そこに自分を見出だすことができる。
もっと深読みすれば、人は結局知りえないもの。知りえないと理解してはじめて、深いところでつながってしまっていることに気づくのだと思う。人の痛みを知ろうとすることは大切だけど、結局受け入れるのは自分自身でしかなく、他人がそれを口にすることや、努力することは本来の理解じゃないような気がした。
なんて、映画のテイストに感化されてレビューも文学的、哲学的モードになってしまう。それだけ印象深い映画といえばそうかもしれない。
ハッピーエンドな娯楽映画ばかり求めてしまう自分だからこそ、たまにはこんな禅問答のような映画を観るのもいいと思った。
誰かと問答したい気分の人には一緒に観ることをオススメ。