魔王

伊坂幸太郎の「魔王

情報やメディアに翻弄されてしまう、現代のネット社会をタイムリーにとらえながら、そうした情報の洪水を生き抜く二人の生き様を「魔王」「呼吸」と二部の構成で描いた作品。

この世の中の良し悪しをはかるものさしを自分の心にもつこと。そこには絶対という基準がないだけに、常にパラドックスで、そのこと自体が矛盾している。

この本に出てくる登場人物は、少し極端ではあるけれど、自分のスタイルやものさしで社会という濁流に飲み込まれないよう「戦い」を挑んでいて、そのどちらが正しいというのではなく、二人の姿勢から、自分を見つめ、見極める力をもつことの大切さを教わったような気がしました。

大自然を満喫してきた北海道からの機内で読んだ一冊。

まさに「東京」という濁流から、「北海道」という穏やかな大自然に身を移して、自分のペースを取り戻しながら、今を全身で感じ入る喜びと、そうした時間の流れにあわせてゆっくりと思索する喜び。

情報から離れ、社会や肩書きといった取り巻くものから離れ、自然の中にいるひとりの人間になってみると、実は様々なものと対話をする能力を人はもっていることに気づきます。

いま東京にもどってきて、自分の住むこの場所を見回してみると、目に映るものと対話することが困難に思えて、むしろ、目を閉じてしまいたくなるような気分。

目を閉じるか、ネットやテレビで間を埋めることで、この場所にいることとのトレードオフをしてしまっているのかもしれませんね。

東京に長く住んでいて、すでにここが故郷のようなものなのですが、目を閉じたくなるような情報社会に、どうやって対峙するのか、そしてこの濁流の社会で自分を見失わずに生き抜くか?

この場所から離れることは簡単ですが、自分なりに葛藤し戦ってみるのもいいかもしれない。

なんて読み終わったあとに、不思議なすがすがしさと勇気がわいてくる。そんな本でした。

 

「おまえ達のやっていることは検索で、思索ではない」(文中より)

 

手に取る本というのは、なにかがシンクロしているものですね。さて、東京の濁流に戻りますか・・・と、北海道に後ろ髪ひかれながら、帰る機内読本としては、今回の旅のしめくくりにはぴったりなチョイスだったのかもしれません。


ここからは若干ネタばれ系なので、曖昧に書いてしまいますが、

二人の登場人物が取った行動というのは、実は現代の社会を裏舞台で動かしているものの本質なんじゃないかと思えます。

世の中を動かしているのは「気配」だ。ってなにかありましたが、
「目に見えるものに惑わされて見失うな。」という魔王の教訓が全編にわたって不気味に描かれているあたり、その視点でこの本を思い返してみると、すがすがしさよりも、そら恐ろしさを感じます。

それも、現在社会を見極めるメッセージなんでしょうね。