映画『舟を編む』

後半くらいからは、じんわりと涙が出て止まらなかった。悲しさではなくて、不器用ながらにひたむきに生きる姿に心打たれたのだと思う。

玄武書房という出版社の営業部に勤める馬締光也(松田龍平)は、真面目すぎて職場で少々浮いている。しかし言葉に対する卓越したセンスを持ち合わせていることが評価され、新しい辞書『大渡海(だいとかい)』の編纂を進める辞書編集部に異動となる。今を生きる辞書を目指している『大渡海(だいとかい)』は見出し語が24万語という大規模なもの。曲者ぞろいの辞書編集部の中で、馬締は作業にのめり込む。ある日、ひょんなことから知り合った女性(宮崎あおい)に一目で恋に落ちた馬締。なんとかして自分の思いを彼女に伝えたいが、なかなかふさわしい言葉が出てこず苦悩する。そんな中、会社の方針が変わり、『大渡海』の完成に暗雲がたちこめる……。

引用元:舟を編む | Movie Walker

 

人のそばに長くあるもの

何気なく手に取っている、いや、最近では手にすることすらなくなってしまった、辞書。
完成に10年以上の歳月をかけて、言葉を拾い集め、編纂していく。
たしかに、誰かがそれをやっていたこと。そんな気の遠くなるような作業に情熱を向けて取り掛かっている人が世の中にいること。この映画を見るまでは、あまり深く想像してみることすらなかった。

ましてやコンピュータやネットが普及していない時代。指で辞書を引きすぎて指紋がなくなるほど、何十万という言葉を指で拾っていく。
辞書のページが指にはりついて、めくれる時、1ページだけがめくれるような紙質や印刷へのこだわり。
簡単に消費するメディアではないので、それだけの熱量が一冊に込められている。
目先の売り上げや仕事に追われる時代に、腰を据えて取り組めるテーマに出会え、それを仕事にできた人は幸せだと思う。

メディアに限らず、自分の残したものが、その人のそばにどれだけ長くいられるか?そんな仕事やものづくりに出会えているだろうか?

そんな辞書(というメディア)のカウンターのようなネットメディアを仕事にしているだけに、こうした映画や作品に出会うと、身が引き締まる。

この映画のテーマだけでなく、「映画」そのものが、歴史とともに人の傍に残り続けるメディアであって、そのものづくりへの情熱に比べると、自分はまだまだな気もする。

2010年代のものづくり

最近、今のサブカルチャーも含めて、時代のシーンとはなんだろう?とよく考える。この映画(1990年代から2000年代初頭をテーマに描かれている)を見ながら、ふと思った。

2010年代、これから産み落とされようするカルチャーの源泉は、この消費速度へのカウンターにあると思う。
それは、生み出す側も受け取る側も、リアリティの欠落した時代に対する不安や不満。コミュニケーションに欠落したバイブレーションというか、手応えや実感。そうしたものが希薄になった時代に、何がそれを代替するのか?という問いから生まれてくる可能性。

「電子書籍ではなく紙の本を読め」とか、「映画やテレビではなく舞台を見ろ」というのも、遠からず、でも、その生生しさにある実感をただ消費するのも違う。消費ではなく、創造や共創し、実感するところにもヒントがある。

また、身体性だけではないところにも注目したい。観念や目に見えないものからリアリティを追求する作品。その意味では良質な問いやアートの本質が見直される。自分の目で世界を見る力がついてくる作品や考え方。

もしくは、消費速度を極限まで速めて行った先にも、違う光景が広がるかもしれない。デジタルネイティブの子供達は、僕たちの見えないすでにそうした地平を見はじめている気がする。

カンタムビットの時代

デジタルやアナログといった議論すらが、0と1に分けているデジタルな感覚だ。次世代は、0と1の間に無数の可能性があることを知っている。量子ビットの時代には、時間や空間を超えたメディアの感覚が芽生えているにちがいない。

この前後10年はそうした価値観へのシフトがすでに起きていると思う。

まるで舟を編む時代に電子辞書やwikipediaが生まれてきたように、実感のともなわないくらいの急激な変化がおき、爆発的な情報量に「現実感」が麻痺してしまっている。

その中から、必死に言葉を選び、消費しない記号を探すような作業。手のひらの雪のように溶けていくものを虚しくも想いながら、別の何かに変えようともがき続けている。そんな時代。

でも、どの時代に立っても人の魂の質は変わらない。気骨のようなものはどの時代、どのメディアに立っても、人の心に普遍的にとどまるはずだ。

ネットメディアは高速に消費し、巨大な情報量で人を飲み込み圧倒させてしまうメディア。とはいえ、だからこそ、溺れそうなその有象無象の情報世界の中に人は本物のなにかを渇望してしまう。それを気づかせてくれる空間であり時間。

人の心や情動を動かすもの。そして、それが消費ではなく、良質な熱量に代わるもの。それを伝えるメディアやコンテンツ。そのあり方。

2時間Facebookみても、こんなに言葉湧き上がってこない。この2時間の映画のもつ力。そこにもまだ見つけきれていない何がありそうだ。

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Sasaki Hiroshi

株式会社創庵 代表取締役 NHK教育テレビでIT番組の講師を12年歴任。 ソーシャルメディアによって、一人でも多くの人が自分の個性を生かし、新しい働き方、暮らし方を実践できるように、全国で地域、コミュニティづくり、教育、コンサルテーションを行っている。

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