みなさん、さようなら[DVD]

“みなさん、さようなら [DVD]” (ドゥニ・アルカン)4128H1BWQ7L._SS500_.jpg

きっとこの書き出しだとtwitterで流れたとき「どきっ」とさせてしまうかもしれませんね。

これ、映画のタイトルです。いま映画を観終えてじんわりとこの映画が伝えようとしたことを反芻しています。

ストーリーとしては末期癌の主人公を取り囲むハートウォーム系な展開で、似たテーマの映画なら、「最高の人生の見つけ方」のほうがユーモアたっぷりで痛快なのですが、この映画はストーリーの伏線である(父と子)の対立の部分をより強く印象づけていて、ユーモアをもたせながらも時代の変化や価値観の移り変わりを「受け入れる」ことの意味を世代間の確執になぞって同時に問いかけてきます。

子供の成長を大きく促すのは、親からの愛情だけでなく、この映画のテーマにもある「反面教師的」な親の存在であって、その存在への反目とそしてそれを乗り越えた先で初めて出会う「許し」や愛情への気づきこそが、子供にとっての本当の「成長」なのかもしれません。

それは「相手」を受け入れると同時に、「自らを受け入れる」ことでもあって、言い方を変えれば、親子に限らず、すべての人は「受け入れられない」ものを常に背負って生きているからこそ、苦しみつつも、その現実を「受け入れられた」時にはじめて、解放され幸せな気分になれるのだと思います。

頭ではわかっていても、それを素直に実感できるようになかなかならないものなのですが。

喩えが少し違いますが、一糸纏わぬ姿で露天風呂で夜空を眺めているときに近いですね。

主人公が死を前にして「死ぬことの意味」にもがき苦しんでいたときに薬物中毒になっている女性が主人公につぶやく言葉が印象的でした。

「あなたが執着しているのは現実ではなくて過去なのね。でも過去はもう死んでいるわ」

往々にして「現実」を受け入れられないのは、「過去」への執着にとらわれているからなのかもしれません。

過去に答えを見出そうとすがる主人公に対して、息子は合理的ではあっても、目の前の出来ることへ集中します。違う見方をすると、過去を振り切るために現実に執着しているのだとも言えます。どちらがよい悪いではなく、この二人は違うアプローチで自ら背負ったものを「受け入れよう」ともがいていたのでしょう。

自分の現実を受け入れようとするのは難しいです。頭ではなかなか出来ないことですが、映画を通じて、他人である二人が邂逅していく過程を優しく見守る目線を、ほんの少しですが自分の中に感じる事ができた気がしました。

そんな目線で自分達の人生を見守ることができたら、何かが変わるかもしれません。こんな風に気づかせてくれたり、追体験して思えることも「映画」の素晴らしさですね。