送別の餃子 中国・都市と農村肖像画

びっくりするほど面白かった。
文化人類学を研究していている人が日本にどれくらいいるかわからないけれど、たぶん、すべての研究者の数だけ、きっと密度の濃いこうした一冊が作れるのだと思う。

送別の餃子: 中国・都市と農村肖像画

送別の餃子: 中国・都市と農村肖像画

井口淳子
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それくらい、長期に渡って異文化の生活圏に入り込んで参与観察することって、気が遠くなるほど面倒で、でもネット検索では得られない濃密な出会いがある。

この本は1980年代のまだまだ閉鎖的な中国農村部に通い、土地に伝わる伝承の音楽、民族音楽学を研究する著者が出会った交流の記録。

1980年の中国というと、まだ外国人が普通に農村部には足をふみいれることのできない時代。
でも、その後急速に発展し変容していく最後の中国とも呼べるようなタイミング。

その間、日本は先んじて高度成長期バブル、まっただなか。

アジアの中で先進国となり、文化的成熟を自認する未来志向の時代に、あえて、秘境のような中国に足を踏み入れる彼女の動機は一体なんのだろう?

自分とは全く違う志向の著者へ冒頭から興味が尽きなかった。

冒頭に
日本語にある「やさしい」という言葉にぴったりハマる中国語が存在しない。ということをあげて

「中国ではやさしさという曖昧なものを必要としないからだと思われる。」

送別の餃子 中国・都市と農村肖像画

という一文からはじまる。

この意味が、読み終えるとしっくりくる。これが良い悪いではなく中国を知り、日本を知り直す視座になっている。

この書籍の執筆をはじめたドイツ滞在時

「ヨーロッパではこの先、どのように滞在年数を重ねたとしても、中国で経験した、人びととの濃密で心揺さぶられるような交流を体験することはないだろう」

ドイツのように人と人が価値観を共有し、法を守り、すべてがきちんと整理された国に身を置くことで、あらためてかけがないの体験だったと思えてきた。

送別の餃子 中国・都市と農村肖像画

ますます、彼女が体験した中国とはどんなものなのだろうか?書籍から手が出てきて、ぐっと胸ぐらを捕まれ引きこまれるような序文にワクワクしながら、一気に読み進められた。

彼女が邂逅する当時の中国農村部の暮らし。

それが、日本の田舎暮らしのような牧歌的で心温まる話ばかりではなく、ましてや1970年代の文化大革命によって翻弄され、それまでの暮らしが一変するような壮絶な時代を経てきた人たちの暮らし。

ジャパンアズナンバーワンの1980年代後半の日本を考えると、目を背けて無かったことにされたような、貧困や格差の現実。1989年といえば、まさに天安門事件があった年。

ましてや、中国農村部の伝承や音楽研究をする研究者が少なかった時代に、あえて彼女が「それ」を選んでのめり込んでいったのか?

月並みな話ではあるけど、急速に経済発展していくと失われて、取り戻せなくなるものがあることを、彼女は肌で直感していたのだと思う。

そのなにか?が、彼女を秘境中国へと駆り立てたのだろう。

やさしさの意味

でも、エピソードは軽く書いてあるけど、交通網が整備されてないどころか、基本的に外国人旅行者が自由に地域を移動できない時代。難しい交渉を幾度も根気良く重ねて、かつ、お金のないいち女性研究者が、あらゆる偶然や糸をたぐり寄せて、現地に潜り込もうとする力強さには、本当に驚いた。

基本外国人は監視下に置かれて、特別な宿を与えられ、常に役人が随行するような時代。それでは生活に入り込んだ参与観察はできない。

そうした体制の隙間と人々の心の間にすっと入り込んで、フィールドワークをする。

研究以前に、この人心掌握術や、先達のガイドブックもない未踏を自分で切り開いていくバイタリティ。

こうした人間力がないと、研究に辿り着けない。

彼女は中国人女性のバイタリティを賞賛するけど、日本人にも滅多にいない本意気の研究者の姿勢を感じる。

でも、そうしたマッチョな話ではなく、どこか常に出会う人がお茶目であったり、人としての献身さや思いやりにあふれ、異文化の彼女を受け入れていいくあたり、国を超えて、本気の人間というのは、多くの人のこころを動かしていくんだなぁと。感心してしまう。

本気で取り組む人は、その内容が理解されなくても、言語や文化を超えてその姿勢には共感するのだと。

中国の農村部の人たちは生活が苦しくとも、人間性を決して失わなず、生きることを諦めない。

冒頭の「やさしさ」というのは、中国にはないのではなく、あえて言葉にする必要がない。という意味なのだろう。

必死に生きるということ。

ただそれだけで人は尊いものなんだと、改めて思わせてくれた一冊。

良い本でした。

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